第2巻 農業と環境のはなし

食肉生産の限界

従来型の畜産による食肉生産は大量のえさを必要とします。大量のえさを栽培するためには広大な農地と膨大な量の水が必要です。すでに、地球の全陸地の30%が農地に変わり、私たちが1年間に使用する水の70%が農業に使われています[1]。さらに農地を拡大しようとすると、失われるのは森林。森林の消失は二酸化炭素吸収量の減少につながり、気候変動を深刻化させてしまいます。持続可能性を前提とすれば、限りある地球の大地で生産できる飼料作物の量には限界があるため、家畜に与えるえさが足りなくなってしまうかもしれないのです。

 

これまでは、農地の拡大や生産性の向上によって、えさの供給量を増やすことができました。しかし、このまま肉類への需要が増えていくと、早ければ2030年頃にはえさの供給が不足してしまうという予想も出てきています。

 

お肉を生産するためには、たくさんのえさが必要なんだね。そのためには、広い農地と大量の水も必要だよね!

 
 

農地を広げるために森を壊すのは賛成できないなぁ。農業と環境問題が関係しているなんて、知らなかった!

 
 

食肉を生産するときの環境負荷を比べてみよう!

 

 

コオロギ養殖は環境にやさしい次世代農業

食用昆虫が次世代のたんぱく源として注目される最も大きな理由が、環境にやさしいたんぱく源であること。持続可能な社会の実現が求められる今日において、環境にやさしい食の選択肢が増えることは大いに歓迎されることです。
ポイントは、少ないえさで生産できること。例えば牛肉の場合、可食部1kgを生産するのに25kgのえさが必要です。一方、コオロギの場合、可食部1kgを生産するのに2.1kgのえさで済みます[2]。コオロギは変温動物なので、体温を保つためのエネルギーが不要です。必要な時以外はエンジンを切ることができるアイドリングストップ車と同じで、燃料(=えさ)を節約できるのです。また、可食率が高く、ほぼ丸ごと食べられるので無駄が少ないことも理由です。

 

データ出典: Potential of insects as food and feed in assuring food securityデータ出典: Potential of insects as food and feed in assuring food security[2]
(食べられる昆虫:食料と飼料の安全保障に向けた将来展望)

 

<コトバ>
可食部:人が食べられる部分のこと。食肉の場合、骨、皮、筋などを除いた部分を指します。上図では、それぞれの可食率(牛(40%)、豚(55%)、鶏(55%)、コオロギ(80%))を用いて、可食部1kgの食肉の生産に必要なえさの量を計算しています。

 

えさの節約は水の節約にもつながります。飼育時に与える飲用水のほかに、えさの生産に必要な農業用水の量も含めて考えると、例えば牛肉の場合、可食部1kgを生産するのに22,000Lの水が必要です[3]。一方、コオロギの場合、可食部1kgを生産するのに420Lの水で済みます[4]

さらに、コオロギの養殖は温室効果ガスの排出量も少なく、気候変動への影響が小さいことも特長です。体重1kgの増加に対する温室効果ガス排出量(二酸化炭素換算)を比較すると、牛(2,850g)とコオロギ(1.6g)では大きな差があります[5]。牛のような反芻動物の場合、えさを消化する過程でメタンが発生します。また、牧草地に落ちた糞尿や畜舎で回収された糞尿の処理に由来する温室効果ガスの排出量も甚大で、これらを合わせると農業から排出される温室効果ガス全体の約3分の2を占めるほどです[6]

以上のように、コオロギの養殖は従来型の畜産に比べて環境への負荷が小さく、地球の持続可能性の観点から極めて大きなアドバンテージをもつのです。

 

可食部1kgの生産に必要な農業用水の量、*2 体重1kgの増加に対する温室効果ガスの排出量(注:*1 可食部1kgの生産に必要な農業用水の量、*2 体重1kgの増加に対する温室効果ガスの排出量)
 
データ出典: Virtual water flows between nations in relation to trade in livestock and livestock products [3], Life cycle assessment of cricket farming in north-eastern Thailand [4], An exploration on greenhouse gas and ammonia production by insect species suitable for animal or human consumption [5], Greenhouse gas emissions from agriculture, forestry and other land use [6]

第2巻の出典

 

[1] FAO(国際連合食糧農業機関), 世界の農林水産, No.847, 2017
[2] van Huis A (2013), Potential of insects as food and feed in assuring food security. Annu. Rev. Entomol., 58, 563–583.
[3] Chapagain A K et al. (2003), Virtual water flows between nations in relation to trade in livestock and livestock products. Value of Water Research Report Series No. 13. Paris, United Nations Educational, Scientific and Cultural Organization.
[4] Halloran A et al. (2017), Life cycle assessment of cricket farming in north-eastern Thailand. J. Clean. Prod., 156, 83-94.
[5] Oonincx D G A B (2010), An exploration on greenhouse gas and ammonia production by insect species suitable for animal or human consumption. Plos One, 5(12), e14445.
[6] FAO(国際連合食糧農業機関), Greenhouse gas emissions from agriculture, forestry and other land use, 2016.


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